黒竜の巫女

 

 

〜終章〜

 

突然、世界を覆った金色の光は、

総てを浄化した。

 

その光を、彩を、力を感じて、

糸姫は顔を上げた。

 

結界をものともせずに溢れ出る黄金の光。

再生の力。

 

ああ、それでは。

 

奇跡は、起こったのだ。

 

紫姫は、雪解の力を受け止めたのだ。

 

糸姫は、躊躇わず扉を開けた。

 

 

「・・・生きている。」

 

雪解は小さく呟いた。

死んでいるかのような白い白い顔をした紫姫は、

それでも、確かに生きていた。

自分の身体から、力が溢れてゆくのが分かる。

あれほど苦労して押さえつけていた自分の力が、

制御できるようになっていた。

 

「奇跡が、起きたのか。」

「いいえ。起こしたのよ。」

呆然としたままの雪解にそう答えたのは、

糸姫だった。

「紫姫が、奇跡を起こしたの。・・・見なさい。」

糸姫に言われて、

紫姫をよくよく見てみれば、

彼女は胸に黄金の玉を抱いていた。

「それは、貴方の竜玉。竜の魂にして力の核となるモノ。」

そして、糸姫は、自分が抱えていた神竜の竜玉を掲げて見せた。

「竜は、自分の子供に竜玉を与えるの。

でも、貴方たちは混血だから、受け継いでいないと思っていた。

けれど、違ったのね。

貴方には受け継がれていたんだわ。」

そして、糸姫は優しげな眼差しで紫姫を見つめた。

「この子が、貴方から竜玉を取り出したのね。

だから、力が暴走しなかったんだわ。」

「取り出す?どうやってです。彼女は痛みで動くことも出来なかったのに。」

雪解の質問に答えたのは、

糸姫ではなかった。

彼女の竜玉から現われた虹色の人が微笑む。

 

「彼女は、勇敢に戦ったのだよ。」

「父上!」

「・・・世界は、救われた。雪解、そなたと、その娘の力で。」

静かにそう呟き、

彼は、透き通った身体のまま、

紫姫に触れた。

「彼女は、自分の弱さに勝ったのだ。

死んだ方が楽になれるとわかっていたのに、

彼女は諦めなかった。

精神世界で、彼女は戦い続け、そして勝ったのだ。

そして、竜玉を黄金に変えた。

漆黒だったそなたの玉を。」

 

その言葉に、雪解は自らの手を見下ろした。

紫姫が全力で掴んでいたその手は、

その爪によってあちこちに傷を作っていた。

深く抉れた傷跡に、

彼女の苦痛の凄まじさを知る。

 

「その玉を清水に3度浸せ。その清水は薬となる。」

神竜の言葉に、

雪解は紫姫から玉を取り上げ、

言われたとおりにした。

「それをその娘に飲ませろ。身体は、死の一歩手前まで衰弱している。

その薬を毎日飲ませるんだ。

それでも、数年は目覚めぬだろう。」

それは、彼女の身体と、力を元に戻すための時間だ。

雪解の力に喰い荒らされた身体と精神は、

そう簡単には癒せない。

 

「雪解。そなたは黒竜としての力を完全に制御できるようになった。

それは、その巫女のおかげ。

生涯、彼女を慈しめ。」

父の言葉に、

雪解は深く頷いた。

 

 

あの日から。

世界が救われたあの日から、

人間の時間で五年が経った。

水鏡に映る紫姫の家族は、

今も元気に暮らしている。

 

雪解は傍らに横たわる紫姫を見つめた。

 

あの日から、一度も目を覚まさない愛しいひと。

 

五年の間、彼は彼女の寝顔を見て暮らした。

眠ったままの彼女の髪を梳き、

毎日玉を浸した清水を飲ませる。

時々は姫水が遊びに来たり、

四竜が様子を見に来たりする。

 

天井が水面になっている、

紫姫の私室で、

雪解は彼女と暮らした。

ただ、その瞳が開かれる日を待って。

 

「・・・愛している。」

 

幾度となく囁かれた言葉は、

眠ったままの巫女に捧げられていた。

 

 

生まれ来る記憶は、常に水の中にある。

 

紫姫の目に、最初に映ったのは、

ゆらゆら揺れる蒼い水面だった。

 

そして、明るい黄金の光が、

暖かく自分を照らしている。

 

嘘のように、身体が軽かった。

 

「私・・・生きているの?」

呟いたはずの言葉は、

掠れて、声にならなかった。

 

自分は、ちゃんとここに存在しているのだろうか?

 

ゆっくりと頭を巡らすと、

漆黒の闇が広がった。

 

それは、雪解のローブ。

自分の隣で安らかに眠る、

漆黒の髪と瞳を持つ人。

 

安らかな寝顔に、

くすりと笑う。

 

総てを、理解した。

自分は、無謀な賭けに勝ったのだ。

 

この人の妻として、

黒竜の巫女として生きることを許されたのだ。

 

知らぬうちに、紫姫の頬を涙が伝う。

 

「・・・雪解。」

そっと呟いた言葉に、

思いかけず返事が返ってきた。

 

「・・・・・・泣くな。」

 

微睡もない唐突な覚醒だった。

 

 

五年ぶりに見る紫姫の紫の瞳に、

自分の姿が映っている。

眠っている間に目覚めたらしい。

 

思うより先に、言葉を呟いていた。

 

五年ぶりに見る顔が、

泣き顔だなんて。

五年前の彼女を思い出してしまうから。

 

横たわったまま、紫姫の頬に指を伸ばす。

そっと涙の雫を拭うと、

ようやく紫姫は微笑みを浮かべた。

 

「愛している。」

 

やっと告げられた言葉は、

また、紫姫の涙を誘う。

 

「私は、雪解の妻に、黒竜の巫女になれたのね?」

「ああ。そなたは、私のたった一人の巫女だ。」

 

五年ぶりに交わす口付けも、

涙の味がした。

 

 

 

 

十章   

 

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