黒竜の巫女

 

 

〜二章〜

 

「私の・・・・妻だと?」

「はい。」

「何の冗談だ?蒼竜。私にヒトの、巫女の力が必要ないことなど、

改めて言うこともないことだ。」

 

紫姫を連れて黒竜の城を訪ねた蒼竜は、

想像通りの反応に、人知れずため息を吐いた。

 

「わかっています。これは、私たちにとっても予想外のことだったのですよ。

まさか、紫姫が・・・、貴方を夫に選ぶとは思わなかったのです。」

蒼竜の言葉に黒竜はその美麗な眉を顰めた。

「あの娘・・・。相当力が強かったはずだが。」

「ええ。」

「それなのに、私を恐れなかったと?」

「恐ろしいけれど、避けて通るべき類の恐れではない、と。」

 

告げられた言葉に、黒竜はふと笑った。

「力の強さが仇になったか。」

「どういうことです?」

「あの娘はその力のゆえに、私の力の奥にあるものを感じたのだろう。」

謎かけのような答えに、蒼竜はますます首を傾げた。

 

「蒼竜。お前は私の持つ破壊の力の意味を知っているか?」

「意味?」

「そう。ただそれが破壊のみをもたらすものならば、

父はそれを私に受け継がせはしなかっただろう。」

「それは・・・・。」

「破壊の力は、再生のための力。

再生をするためには破壊をしなくてはならぬ。

だから私の破壊の力の奥底には、

再生の力が眠っているのだ。」

 

告げられた真実に、蒼竜は驚いたように目を見張った。

「では、あの娘は、紫姫は、その力を感じ取ったと?」

同じ竜である蒼竜、

そして恐らくは他の竜たちも気付かなかった真実に、

あの人間の娘が気付いたというのだろうか?

 

「いや、感じ取っただけだ。

害のない力を、な。

どんな力なのか、わかってはいまい。」

そう呟いてから、黒竜は自嘲するように笑った。

 

「大体、この力は無用なものだ。」

「何故です?」

「破壊する前に、大抵の事象はお前たちの力で解決する。

私が破壊の力を使い、再生の力を使うのは・・・。」

そこまで言って、黒竜は一瞬、言葉を止めた。

「お前たち全ての力をもってしても

どうにもならない事態に陥ったときだけだ。」

「では、やはり、紫姫を妻とする気はないのですか?」

慌てたように蒼竜が尋ねた。

「まあ、必要ない娘だが。ここにいたいのならばいればよい。

私には他に妻がいるわけではないし、

この城は広い。

それに・・・。もう部屋に入れてしまったのだろう?」

 

告げられた言葉にぎょっとした蒼竜は、次の瞬間、

自分の失態に気付いた。

 

黒竜のみが持つ水鏡は、

彼の望むものを映す。

それは、その力の為、滅多に外に出ることが叶わぬ彼の慰みに、

父である神竜と、母である巫女姫、糸姫が特別に創って与えたものだ。

おかげで、城に閉じこもったままでも、

黒竜の知らぬことはない。

 

彼の玉座の横に置かれたその水鏡には、

やわらかな寝台の上で、

無防備に眠り込む紫姫の姿が映し出されていた。

 

 

「ん・・・・・。」

どこからか差し込んでくる光が眩しくて、紫姫はゆっくりと目を開いた。

とたんに、ゆらゆらと水面のような光景が目に飛び込んでくる。

 

「えっ!」

 

慌てて起き上がった紫姫は、背後に気配を感じてすばやく振り返った。

彼女の背後に立っていたのは、黒衣の男性。

「黒竜・・・様。」

「様はいらぬ。」

「え・・・。では何と呼べば・・・。」

紫姫の言葉に、ちょっと考え込む仕草をした彼は、

ちいさく独りごちた。

「・・・まあ、名ばかりとはいえ、そなたは私の妻だ。

真名を教えても構わぬだろう。」

「真名?」

「黒竜というのは、称号のようなものだ。

我らの力の性質をあらわしたものだからな。」

「じゃあ、五竜って、皆それぞれちゃんと名があるんですか?」

「ああ。だが名を教えることは危険を伴う。

だから普段は黒竜などと呼ばれているんだ。」

「そんな大切な名を私に言って構わないんですか?」

紫姫の言葉に、黒竜はくっ、と笑った。

「そなたには、私の名を悪用することはできぬだろう。」

 

確かに、こんな強大な力を身の内に飼っている黒竜を、

どうにかすることなど不可能だ。

「それに、他の竜たちも妻となった巫女には自分の名を告げているはずだ。

名を知らねば、力を補ってもらえぬからな。」

その言葉に、紫姫は首を傾げた。

「ならば、なおさら、私に教える意味はないのでは?

貴方は私の力などいらないのでしょう?」

「おかしな娘だな。竜の名を知りたくないのか?」

「いえ。でも・・・。なんというか・・、縛られる気がするんです。」

 

決して、知識を元にした言葉ではないだろう。

だが、その言葉は真実だ。

名を知るということは、良くも悪くもその相手に縛られるということ。

「・・・本当にそなたは強い力を持っているようだな。」

呆れたように言って、黒竜は、紫姫の頬に手を伸ばした。

「え・・?」

 

『紫姫』

 

一言、名を言われただけなのに、紫姫の身体はぴくりとも動かなくなった。

「これが名の持つ力。

だが皮肉なことに、力がまったくない人間などには効かないのだ。

そなたが今動けないのは、そなたの力がとても強い証。

強すぎる力は難儀なものだ。

・・どの世界でも。」

妙に実感のこもった呟きだった。

 

「私の名は、雪解。決して忘れるな。」

 

そう言って、彼が手を離すと、紫姫の身体を戒めていた力がふっと抜けた。

「そなたがここにいたいのなら好きにすればよい。

この城はほとんどが空き部屋だ。

私の部屋にさえ近づかなければどこを使ってもいい。」

「え・・・。」

「そなたも知っての通り、私にはヒトの力は必要ではない。

だから、そなたを妻にする気はないが・・・。

それでもいいのならここで暮らしてもかまわぬ、と言っているのだ。」

そう言って、出て行こうとした彼の黒衣の裾が、くんっと引っ張られる。

 

「・・・何だ。」

「・・・ありがとう、雪解。」

 

紫姫の言葉に、雪解が薄く笑う。

 

それは、紫姫が今までに見たこともないような、

美しい笑みだった。

 

 

 

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