黒竜の巫女

 

 

〜四章〜

 

コトリ、という小さな音に、

雪解は、はっと自分の机を振り返った。

 

そこには、何故か倒れてしまっている、インク壜。

 

パタパタという小さな音と共に、

漆黒のその液体は、

床を黒く染めてゆく。

 

嫌な、予感がした。

 

 

「黒竜。そなたなら何か、わかるのではないか?」

白竜の声に、雪解はゆるりと首を振った。

「私にはわからぬ。ただここから見ている事実しか・・・。」

 

すっと指差されたその水鏡には、

彼の思いに呼応して、望むものが映されていた。

「そうか・・・。これには、すべてが映るのだったな。」

白竜はちいさく呟き、目を伏せた。

黒竜の呪われた力を改めて思い出したからだ。

 

この部屋に、

黒竜の傍にいるだけでも、肌がピリピリする。

自分も同じ竜王の一人だというのに。

 

「とりあえず、我らでなんとかするつもりなのだが、

どうなることか、わからぬ。

そなたも気をつけていてくれ。

何か異変が起きたらすぐに知らせて欲しい。」

そう言った白竜は踵を返し、

ふと振り返った。

「そうそう。この話は巫女たちには内密に。

彼女たちの力に影響が及ぶかもしれぬからな。」

「それは、私には関係のない話ではないか?」

「そうとも言えぬ。

この館には蒼竜の巫女も出入りしているし、

そなたの巫女の力は、

この次元を形作る力に織り込まれてしまっている。」

 

その言葉に、雪解はふと、嘲笑った。

情けないものだ。

雪解自身は巫女の力など必要としてはいないのに。

この世界は否応なく彼女の力を求めている。

 

「ともかく、早急に何とかせねばならぬ。」

「わかっている。お前たちは外に行くのであろう?

その間、こちらのことは心配ない。

暇を持て余している者がいるからな。

彼女にやらせよう。」

そう呟いて、雪解は、水鏡に映る紫姫を見やった。

 

嵐が、近づいていた。

 

 

「確かに私は退屈してるし暇だけれど、

これは、あんまりよね・・。」

紫姫は、独り、そう呟くと、

移転室の中央に立った。

 

全身がびりびりとした衝撃に震え、

次の瞬間、異なる色の壁が見えた。

 

紅い壁の移転室。

紅竜の城だ。

 

ここ数日、紫姫は五つの城を何度となく行き来していた。

なんでも、重要な用事ができたとかで、

黒竜を除いた四竜が、今揃って出かけているのだ。

おかげで、彼らがこなしていた仕事は、

残った黒竜 雪解と、

巫女たちに一気にのしかかってきたのだ。

雪解は、執務室にこもりきりで仕事をこなしているし、

姫水ら巫女たちもそうだ。

そこで、仕事がなく、暇だと判断された紫姫が、

それぞれの間を行き来して伝令として働いているのだ。

 

だが、まあ、そんなことはいい。

 

仕事があるのは願ってもないことではあるし。

ただ、紫姫の心に引っかかっているのは、

この妙な空気だった。

 

どんよりと暗い空気。

 

初めは、力の強い四竜がいなくなったためかと思っていたが、

どうもそういう類の暗さではないようだ。

その空気は、巫女たちも感じているようで、

どの城でも巫女たちが不安そうに仕事をしていた。

 

「黒竜様になにか聞いていない?」

と聞いてきたのは、同じく不安そうな顔をした姫水だ。

もちろん、すでに雪解には、

最初にこの空気を感じたときに聞いてあった。

だが、雪解は、

「気にするな。」

と言っただけで、何も教えてはくれなかった。

 

でも、気にするな、ということは、

雪解は何かを知っているのだ。

紫姫の部屋から見える水中の空も、

今は暗くどんよりと曇っている。

 

何かが起きている。

 

けれど、それが何かはわからぬまま、

確実に闇はこの竜神の世界をも蝕もうとしていた。

 

 

三章    五章

 

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