黒竜の巫女

 

 

〜七章〜

 

「久しぶりね、雪解。」

 

糸姫の言葉に、

雪解は僅かに微笑んだ。

 

ここにいるのが、

自分と彼女だけだからだろう、

久々に呼ばれるその名は、

この母が与えてくれたもの。

 

『雪は総てのものを覆い、そして解け、命を再生させる。』

 

その力を持つ者こそが雪解。

 

「お久しぶりです、母上。」

「貴方が妻を迎えたと知っていたら、すぐに飛んできたのに!」

糸姫の言葉に、雪解は苦笑した。

遠く離れた異国の地に棲む彼女は、

竜に乗ってしかここまで来られない。

たかだかその為に動けるものではないのだ。

それは、竜王が動くということだから。

 

今が、非常事態なのだ。

 

「妻といっても、『巫女』ではありませんよ。」

「わかっているわ。」

紫姫が名ばかりの妻であることを暗に伝えた雪解に、

糸姫は寂しそうに笑ってみせた。

 

「でも、その禁を破らねばならぬときが来たわ。」

 

静かな言葉に呼応するように、

糸姫が胸に抱いた竜玉が光り輝いた。

「父上の移し身ですか。」

「ええ。この竜玉を媒体に結界を張るわ。」

 

「そこまで、来てしまったんですね。」

 

ぽつり、と呟いて、雪解は水鏡を見遣る。

苦しむ人々の数は、

日に日に減っている。

 

死んで、いるのだ。

 

「貴方の心は心配していないの。」

「え?」

「私は母親ですもの。すぐにわかったわ。

紫姫を、愛しているわね?」

やさしく囁いた糸姫に、

雪解は一瞬、瞳を見開き、そして苦笑した。

 

「・・・そうですね。これが愛なのか・・・わかりませんが。

私を恐れぬ巫女はいません。

力が強ければ強いほど、

彼女らは私を厭う。」

 

力が強い者ほど、雪解の負の力の反発を受ける。

蒼竜が姫水をこの城に寄越したのは、

彼女が蒼竜の妻の中でも一番力の弱い巫女だからだ。

その彼女でも、雪解の近くに寄れば、身体がひとりでに震え出す。

 

それは、糸姫や、他の兄弟たちも同じ。

彼らも、雪解の傍にいる時は、

自らの力を使ってその反発を押さえ込んでいるのだ。

 

「けれど、彼女は・・・。

紫姫は、私を恐れない。

その身にかかる負担をものともせずに、

私の元に来るのです。

妻など、黒竜を支える者などいらないと思っていた。

それなのに、彼女は『巫女』として働いているわけではないのに、

それでも、私の支えとなっているのです。」

そう言って、目を伏せた息子の姿を、

糸姫は悲しげに見つめた。

 

この子を永遠の孤独に突き落とすことになるかもしれない。

 

五竜が、こんなに必死に人間を助けようとしているのは、

自分が人間だからだ。

母と同じ種族だから、助けたいと思っている。

もしも自分がいなかったら、

彼らは、傍観者としてこの事態を見つめただろう。

神竜だって、今と同じ状況だったら、

前回の危機も見過ごしたかもしれない。

 

人間など、死滅しようと彼らには何の関係もないのだ。

 

糸姫は、いっそ人間を切り捨てられたら、と思った。

そうしたら、少なくともこの世界は保たれる。

それでも、決してそうはできないことも、糸姫は悟っていた。

 

「紫姫には、話したのですか?」

「いいえ。まだよ。先に貴方の意思を聞いておきたかったの。

わかっているでしょう?

もし失敗したら、この世の総ての命は失われる。

そして、貴方は・・・・。」

「わかっています。」

悲痛な糸姫の言葉を遮って、

雪解は頷いた。

「それでも、私はこの力を使わねばならないということも。

この力だけが希望の力。

成功しても、・・・・失敗しても。」

そして、彼は、そっとため息をついた。

「紫姫には、私から話します。」

「でも・・・!」

「大丈夫です。・・・幸運を祈っていてください。」

 

ゆっくりと微笑んだその笑みは、

まるで泣いているようだった。

 

 

 

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