黒竜の巫女

 

 

〜八章〜

 

「私は、何をすればいいの?」

 

紫姫の私室に入るなり、

そう聞かれた雪解は、

僅かに苦笑した。

 

敏い娘だ。

 

「私の力がいるのでしょう?」

「ああ。」

静かに肯定して、雪解は寝台に座る紫姫の前に立った。

 

「私は、何をすればいい?」

「何もしなくていい。

ただ、成功するにしても、失敗するにしても、そなたは苦しむことになろう。」

辛そうにそう言った雪解に、

紫姫は静かに微笑んだ。

「無謀な賭け、なんだものね。」

「そうだ。」

「でも、それをしなければならないほどの状況なのね?」

「ああ。」

「・・・そっか。わかったわ。」

そう呟いて、紫姫はそっと雪解の指に手を伸ばした。

ひんやりとした大きな手。

この人の、力を使うときが来たのだ。

 

「・・・私たち竜王と巫女たちの関係を知っているな?」

「巫女は、竜王の力を補い、制御するのでしょう?」

「そう。人間の女である巫女は、私たちと契ることによって力の受け渡しをする。

そして、名実共に妻となり、『竜王の巫女』としての力を持つ。」

そこまで言って、雪解は紫姫を見下ろした。

 

細い身体。

簡単に壊れてしまいそうな、脆い身体。

 

「竜と契るには、力が必要となる。

だから、この湖の底に贈られるのは巫女の家系の娘だけだ。

竜から流れ込む力に耐えるには、それ相応の力が必要なのだ。

・・・そして、それは、私も例外ではない。」

「貴方の力は、他の竜王よりずっと強いのね?」

紫姫の言葉に、

雪解はゆっくり頷いた。

「そうだ。だから、私には妻が要らなかった。

否、私に妻がいてはならなかったのだ。

私の力は、総てを破壊する。

もし人間の娘が私と契れば、

確実にその娘は死ぬ。

そして、この力は娘を通して私から離れ、

この世の総ては消滅する。」

「その後は・・・?」

 

「私の意識だけが生き残り、死に絶えた者たちの命を吸収し、

永い永い時間をかけて、新たな世界の苗床となる。

意識だけは、永遠に死ねぬままに。」

 

静かなその言葉に、

紫姫の睫が僅かに震え、

繋いだままの二人の手に、

涙の雫がいくつも零れ落ちた。

 

動物も、植物も、人間も、異形の者も。

総てが死に絶えた世界で、

自分の意識だけ残るというのは、どれだけ孤独なのだろう。

 

「・・・恐ろしいか?」

「いいえ・・・!いいえ。ただ、悲しいだけ。」

小さく呟いて、

紫姫は、涙に濡れた瞳で雪解を見つめた。

「貴方と私が契るのが、この世界を救う唯一の可能性なのね?」

「そうだ。」

「もし、もしも、成功したら、あの病はなくなるの?」

「もしも成功したら、私の力は制御できるようになるだろう。

・・・理論的には。

そうなれば、破壊と再生の力で病を根絶し、

元の状態に人間を戻すことが出来る。

何も起きなかったかのように。」

「・・・それでも、成功の可能性は限りなく低いのね?」

「そうだ。・・・契りは恐らく失敗するだろう。

私自身で少しも制御できぬこの力を、

人間のそなたが受け止められるとは思わぬ。

・・・どちらにせよ滅ぶのならば、

可能性がどんなに低くても試すべきだというのが母や、皆の意見だ。

だが、もし、そなたが拒むなら、

私は、すぐにこの力を発動させよう。

・・・そなたに、要らぬ苦しみを与えたくはない。」

その言葉は、紫姫のための言葉だった。

雪解の、優しさに満ちた言葉だった。

 

だから、紫姫は微笑む。

 

「巫女姫様の言われる通りよ。

例えどんなに低くても、可能性があるのなら試すべきだわ。

賭けとは、そういうものよ。」

 

そして、雪解の手を強く強く握り締める。

 

「どうせ死ぬのなら、貴方の妻として死ぬわ。

例え、私が死んで、貴方が意識だけになるとしても忘れないで。

貴方には私という妻がいたの。

忘れないで。」

 

初めて交わした口付けは、涙の味がした。

 

 

 

七章   九章

 

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