彼女は、研ぎ澄まされた剣のように・・・・・・。

鏡に映る剣

一章


その夜、公瑾の前に進み出たのは、不思議に毅然とした少女だった。

「二橋」と呼ばれ、その名を轟かせた美人姉妹。
その、「小橋」と呼ばれた妹、季鏡。

彼女が、今夜自分の妻となる。

姉の「大橋」、梨鏡は公瑾の主、孫策伯符に嫁いだ。

もちろん、恋愛結婚ではない。
れっきとした政略結婚、しかも本来なら捕虜となるべき娘たちだ。
その美貌ゆえに梨鏡は伯符に見初められ、それゆえに、妹季鏡は己の下に嫁することになった。

主、伯符から、梨鏡が怯えて震えていたと聞いていたから、てっきり季鏡も怯えているかと思っていたのだが。
目の前に静かに座る少女は、その歳に似合わぬ毅然とした態度で公瑾を見つめていた。

「・・・貴女は泣かないのですね。」

思わず漏らされた公瑾の言葉に、季鏡は小さく首を傾げる。

「貴女の姉上はたいそう怯えた様子で、泣き出してしまわれたとか。
伯符様がそうおっしゃっていました。」

やわらかなその言葉に、少女は笑みを漏らした。

「私は姉とは違います。
姉はいつも夢を見ているような儚いヒト。
けれど、私はどんなことになろうとも務めをまっとうすると覚悟してまいりました。
今更泣こうとは思いません。」

きっぱりと言い放った少女の瞳は、氷でできた剣のように、鋭く光る。
その瞳に、公瑾はふと苦笑した。

成程、この姉妹はよくよく対照的らしい。

するりと彼女に近づいた公瑾は、彼女の結い上げられた艶やかな髪を見て、ふと歩みを止めた。

黒髪に差し入れられた簪が、小刻みに揺れている。
身体の僅かな震えが、簪に伝わっているのだ。
強がってはいても、見知らぬ男の前に突然放り込まれたようなもの。
たとえ覚悟はしていても怯えはそう簡単に押さえ込めるものではない。

公瑾は、ふと息をつき、少女の前に跪いた。

「私はね、妻を娶る気など更々なかったんです。
けれど、伯符様に是非にと勧められて、貴女を娶ることになった。
正直に言えば、貴女に興味はありませんでした。」

にっこりと綺麗な顔で微笑ってそんなことを言った公瑾は、それでも嬉しそうに続ける。

「でもね、気が変わりました。貴女を知りたくなった。」
「え?」
「貴女を、私の妻にしたくなりました。」

そう言って、公瑾は静かに立ち上がり、踵を返した。

「その想いの証に、私は貴女に触れません。
その簪が貴女の瞳のように静まった時、私は貴女に触れましょう。
・・・心から、私の妻になれると思った時に。」

背を向けたまま、囁くように告げ、彼は部屋を出てゆく。

残された季鏡は、僅かに震える指で簪に触れた。
その僅かな揺れに、自分が知らず、震えていたことに気付く。

「・・・・変な人。」

その辺の女よりずっと綺麗な顔をした夫となる相手、周瑜公瑾。

「公瑾・・・様。」

震える囁きは、冷えた空気に溶けた。

次章



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