咄嗟の行動は、思考を持たぬ本能のように・・・・・・。

鏡に映る剣

四章


「周瑜を殺れば孫軍は力を失うからな。」

突然聞こえてきた不穏な言葉に、季鏡は息を顰めてしゃがみこんだ。

たまには自分からと、姉の元に訪れた帰り。
供に付いてきた侍女が震えているのを見て、季鏡は片手で彼女の口を塞ぐ。
見知らぬ男たちの会話は続いている。
季鏡は全神経を集中させ、その会話に聞き耳を立てた。

「今日を逃せばもう機会はないからな。」
「そうだな。それより、確実に殺せるんだろうな?」
「ああ。接近戦だと逆にやられかねないからな。射殺す。
あいつは弓の名人だから外しはしないだろう。毒矢だしな。
剣のほうが確実なんだが、あんな女みたいな顔をして、周瑜は剣に秀でているからな。
まったく、あの頭脳といい、恐ろしい男だよ。」
「ああ。周瑜の奴、俺達に気付き始めている。
今日、あいつが周瑜を殺ったら、さっさと逃げるぞ。」
「わかってる。後始末はすませた。あとはあいつと合流するだけだ。
公瑾の見回りには、あと半刻もあれば他の兵が合流するはずだからな。すぐに騒ぎになるだろう。
その騒ぎに乗じれば簡単なことだ。」

その言葉に、侍女が季鏡を悲痛な表情で見つめた。
今日は、公瑾は一人で軍備の見回りに行っているのだ。
それは、供をするはずだった兵士が病気ということで突然決まったことだったが、こうなるとその兵士も疑わしい。
代わりの兵士は他に仕事があり、途中から合流するといっていた。

それでは、今、彼が危ないのだ。

季鏡は彼らが立ち去るのを確認してから、震える侍女を立たせ、叱咤した。

「落ち着きなさい!・・・今ならまだ間に合うかもしれない。
あなたは急いで伯符様の元に!
・・・私は公瑾様の元に行きます。」
「でも、季鏡様・・!」
「早く!急ぎなさい。」

今まで聞いたこともないような季鏡の厳しい言葉に、侍女ははっとして駆けて行く。
同時に、季鏡も駆け出した。
ここから公瑾のいる場所まで徒歩で行ったら間に合わない。

でも、馬なら。

彼女は初めて、自分に乗馬を教えてくれた城下町の少年たちに感謝した。

厩に走り込み、一番身体の大きな馬を解き放つ。

「お願い!急いで・・・!」

その言葉が理解ったかのように、馬は猛スピードで走り出した。
結い上げた髪は乱れ、簪は滑り落ちた。
裾の長い服も、裂けて泥だらけだ。
それでもいい。
公瑾に危険を知らせることさえできれば。

季鏡は馬上で懐剣を握り締める。

一瞬だけでも相手の気をそらせられればいい。
それで、公瑾は立て直せるだろう。
そういう男だ。

母の形見の懐剣は、雲間から僅かに顔を覗かせた太陽の光に、きらりと輝きを増した。

次章



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