紅竜の巫女
〜十一章〜
「どういうことだ」
低く、黒竜が問う。
その身で荒れ狂っていた力は、すでに紅竜に戻されていた。
彼は、常にない真剣さで弟を睨みつける。
その隣では、蒼竜が哀しげな顔で立っていた。
同時に生れ落ちた五人の兄弟の中でも、紅竜と蒼竜はまったく同時に母から生れた双子のような存在である。
その力も対を成しているがゆえに、蒼竜には、黒竜よりも深く、紅竜の気持ちがわかった。
「あの子を、還したのですか」
蒼竜の言葉に、紅竜は無言で俯いた。
その手は、きつく握り締められている。
紅く輝いた瞳が、そっと伏せられた。
「それが、あいつのためだ」
搾り出された言葉に、黒竜が眉を寄せる。
例えそれが真実だとしても、桜姫の意思を捻じ曲げるようなやり方は、納得できるものではなかった。
「私は、彼女の承諾を得るようにと言ったはずだ。彼女は本当に納得していたのか!?」
黒竜は、今回の儀式は糸宝を解放するためだけのものだと聞かされていた。
事実、黒竜が揮った力は、そのためだけのものだ。
移転の力は、紅竜が一人で練り上げたものだった。
その術は、紅竜一人では出来ないもののはずだった。
だが、彼は、今回の糸宝の解放に使われる黒竜と蒼竜の力、そして引き戻される桜姫の力まで利用して、移転のための力に変え、同時に黒竜の力を自分の力に沿わせて、桜姫の巫女としての身体を、ヒトのそれに戻したのだった。
弟を甘く見ていた、と黒竜は内心臍を噛んだ。
紅竜は兄弟の中でも細かな調整を必要とする術が苦手な方だ。
だが、数百年の永い年月の間に、彼も成長していたらしい。
もしも、桜姫が自分の解放をも納得していたのなら、彼女はきちんと挨拶をしたはずだ。
彼女が、他の巫女達に何も言わずに地上に戻るような女ではないことを、黒竜はよく知っていた。
「お前は、糸宝だけを解放してやりたいと言ったのではなかったか」
「すまない」
短い言葉は、兄を偽ったことに対するものだ。
けれど、彼が、その自分の行為に関しては、欠片も揺らがないのを見て取って、黒竜はため息をつく。
「仕方がありません。もう今更、術は戻せない。彼女は自分の時代に戻ってしまいました」
蒼竜が呟く。
その言葉は、正しい。
すでに一度解放された術は、もう今更引き戻せなかった。
黒竜にも、蒼竜にも、もう彼女の気配は感じられない。
恐らく今頃他の竜王や巫女たちも、その異変に気づいているはずだった。
「巫女達からの責めを、覚悟しておくんだな」
黒竜は、もうどうすることも出来ないことに対する憤りと共に、吐き捨てるように告げる。
立ち尽くす紅竜の指先には、まだ桜姫の涙の感触が残されていた。
十章 十二章
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