蒼竜の巫女

〜終章〜

蒼竜、流藍の執務室。

ぱたぱたという微かな足音に、
流藍と咲姫は揃って顔を上げた。

これまでは姫水のことを考え、
なるべく流藍と顔をあわせないようにしてきた咲姫も、
今では姫水の説得に応じてこうして執務室で仕事を行っている。

今まではどうしても必要な時以外は、
すべて自室で独りでこなしていた仕事。

それはそれで支障などなかったが、
こうしてみれば流藍と、そして、ただ傍で眺めているだけの姫水の存在が、
心地よいものだと感じて、少しくすぐったい。

仕事が出来ないながらも、
伝令など、細かな雑務を引き受けてくれる姫水と、
そんな彼女をはらはらしながら見つめる流藍の姿に、
数百年ぶりに心が暖かくなるのを感じた。

姫水と咲姫は二人で一人。
二人揃って蒼竜の巫女。

そう告げたとき、
流藍は今までにないほど幸せそうに微笑んだ。

咲姫が流藍の巫女になって六百年。
姫水が流藍の巫女になって百年。

咲姫には何百年かかっても出来なかった。
姫水でも、きっと一人なら出来なかっただろう。

二人揃って初めて出来たのだ。

巫女として妻として、竜王を支えるということ。
その、本当の意味。

「流藍様、貴方は幸せか?」
「勿論です。私には最高の巫女が二人もいるのですから。」
「そうか。」

ふわりと微笑んだ咲姫の、
その囁きに重なるように、
重い執務室の扉が開く。

「流藍様!咲姫様!」
「どうしました?」
「廊下を走るとまた繻螺に叱られるぞ。」

呆れたような流藍と咲姫の言葉に、
少し肩をすくめて、
姫水はぎゅっと握り締めていた拳をそっと胸の前で開く。

「これを早く見せたくて。」
「・・・鱗?」
「これは、・・・黒竜のですね。」

細い手のひらの上で淡く輝いているのは、
黒真珠のように艶やかな一枚の鱗。

「紫姫が黒竜様からだと。
力の宿った竜王の鱗だから、
私も身につけているだけで巫女としての力が強くなると。」

騒動の原因になった、力を増す竜の鱗のことを、
黒竜と紫姫は気付いていたのだろう。

「確かに強い力が宿っているな。
流石に最強の力を持つ黒竜様の鱗。」
「そうですね・・・。
私の鱗ではここまでの力は宿らないでしょう。」

少しだけ苦笑して、
流藍はその黒い鱗を摘み上げる。

「個人的には私の巫女が黒竜の一部を身に付けるなど、
許したくありませんが。
彼には借りもありますし、
確かにそれは貴女一人くらいの身は守ってくれるでしょう。」

くすくすと冗談交じりに呟いて、
流藍はその鱗を姫水の手のひらに戻す。

それを呆れたように眺めて、
咲姫はふと、自ら髪に絡めていた銀の細い鎖を引き千切った。

そして、そのままその鱗に鎖を繋ぐ。

「咲姫様?」
「そなたはすぐに何処かに落としてしまいそうだからな。」

小さく微笑んで、
咲姫はその銀の鎖を姫水の細い首に掛ける。

その銀の鎖は、
かつて咲姫の愛したヒトが彼女に送ったものだと、
流藍は知っていたが、何も言わなかった。

長い間、力を持つ巫女が見につけていたものは、
竜の鱗と同じ様に、
力を宿している。

咲姫は、殆ど力を持たない姫水に、
二重の守護を与えたのだ。

その気遣いが、
流藍にはとても愛しく、嬉しかった。

力と心を補う二人の巫女。
それは、共に、類稀な素晴らしい巫女。

そんな二人と共にいられる自分を、
誇らしく思う。

「そなたたちは、私の最高の巫女だ。」

静かに告げられたその言葉に、
二人の巫女は一瞬、顔を見合わせて。
そして、花が綻ぶように微笑う。

その微笑は、流藍の過ごしてきた永い刻の中で、
一番美しく思えた。






十章     帰還



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