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紅竜の巫女

〜一章〜

「もう! 本当に信じられないわ!」

白竜の城の一室で、一人の少女がぷりぷりと怒っていた。
漆黒に見えるほどに濃い紅い髪と、同じく光に透かすと紅いとわかる深い色の 瞳が、その感情に合わせたようにきらきらと輝いている。

それを、呆れたように眺めているのは、 勢ぞろいした五竜の巫女たち。

この部屋は、月に一度、巫女たちが集まるために白竜が開放した部屋であった。

竜王の巫女となった女たちには、大きく分けて三つの務めがある。

ひとつは、嫁した竜王との力の交歓。

これは、竜王と契りを結ぶことによって行われ、 竜王の人外の力と、巫女の強い霊力を混ぜ合わせるための行為である。
その契りの周期は、竜王と巫女の力の程度によって異なり、 例を挙げるならば、黒竜とその巫女 紫姫は、千年に一度の契りでよく、 蒼竜とその巫女 咲姫は、百年に一度でよい。

それは、竜王の持つ力の性質と、巫女の生来の力の強さによって異なり、 竜王は、ヒトである巫女の力を自らの中に取り込むことによって自らの力を正常に保つよう にできていた。

というのも、五竜はそもそも純粋なる竜ではない。
強大な力を持つ神竜と、力の強い巫女の間に産み落とされた半神なのだ。

彼らはその身に流れるヒトの血故に、父から受け継いだ強大な竜王としての力を、 その身だけでは受け止められないのである。
彼らがこの世界に産み落とされてはや数千年。
最初の数千年は何も異常はなかった。

だがあるとき、一番年下の緑竜に異常が現れ、 彼らはそれで初めて、自分たちが完全ではないことを知ったのであった。

その事実に母は嘆き、だが、その母よりもずっと現実的な父は、 息子たちの力を補うためにヒトの世から巫女を喚んだ。

神竜は、この世界のすべてを支える神の一人であった。
そして、その力は息子たちに分け与えられ、 今では彼らもまた、その世界の支えとして理に組み込まれてしまっていた。

五竜の力が暴走すると言うことは、 世界の崩壊を意味する。

神竜は、自らの恋を憂い、だが、その恋の果てに生れ落ちた息子たちを、 どうしても救いたいと願ったのだ。

神竜は、妻 糸姫の血族に、未だ強い力が宿っていることを知り、 彼女の暮らした村にある湖に異世界への扉を繋いだ。

村の繁栄を約束し、その代わりに、と巫女を捧げるよう求めた。

母である糸姫の血を引いた者と交わることで、 竜王は自らの力の制御を成すのだ。

村の者はその求めを受け入れ、 百年に一度の花嫁を差し出した。

その花嫁となった巫女たちが、今この場に集っている少女たちであった。

彼女たちは、ここで、巫女としてのふたつめの務めを果たしているところであった。

世界は、神によって支配されている。
神とは、高位の存在であるという意味である。
彼らがヒトを造ったわけではない。
ただ、彼らは最初からヒトとは違う次元に生き、 最初から、脆弱なヒトの世界をその力で守っていた。

それは高位の存在ゆえの気まぐれで、盤上の遊戯のように儚いものであったが、それでも人間の世界を確かに守っていた。
気分ひとつで見捨てられてしまうであろう世界を、それでも神はその手慰みに調整していたのである。

世界は広く、それを守る神も一人ではない。
世界のあらゆる要素を司る神が大勢いて、 また、その神に仕える眷属たる存在もいた。

神竜はそんな神の中の一人で、 水に連なる神の頂点に座していた。

神は、ヒトの意志に触れることはない。
ただ、彼らが生きていけるよう、自然を操るだけだ。
自然が厳しくなりすぎては子は育たぬ。
同時に甘すぎては殖え過ぎる。

それを調整するのが神の役目であった。

神竜は、それを、気の遠くなるような期間、一人で行ってきた。
彼には手伝いなど必要ではなかったし、 それが神として当然であった。

だが、半神として産まれた五竜はそうではなく、そしてそれでも、彼らは人の母を持つが故に、人の世界を守りたいと願った。
純粋な神ならば持ちえなかった願いを彼らは抱き、それゆえに自分の力を削ってでも人の世界を守ろうとし、必然として巫女は、その仕事も手伝うこととなった。

面白いことに、その処理能力も力に比例しているようで、力の強い黒竜はほとんどその助力を必要としない のに対し、 力の弱い緑竜は、多くの助力を必要とするのであった。

竜王は、各地にいる眷属からの情報を元に必要な力を分析し、 その必要な力を必要な場所に送ることで世界を正常に保っている。

巫女たちは、その眷属から毎日送られる膨大な情報を 処理することで、自らの夫たる竜王を助けているのであった。

巫女たちは、普段その作業を、竜王と共に行っている。
巫女の纏めた情報どおりに、竜王が力を揮うからだ。

だが、月に一度だけ、巫女たちは自らの城を離れ、この白竜の城に集まる。
それは、黒竜に巫女が嫁したことによって始まった新たな習慣であった。

黒竜は、巫女と結ばれるまで破壊の力しか持たぬ竜王であった。
それ故に、彼は自らの力を、その破壊の力を抑えるためだけに使っていた。
彼の存在は、五竜の住まう異世界を支えてはいたが、世界を守るものではなかった。

だが、彼は、十人目の巫女である紫姫によってその力の制御が可能になり、 同時に、破壊の力に隠されていた再生の力を解放することとなった。

再生は、結果に対する力である。
送られた力によってもたらされた結果を、新たに一から構成しなおすもの。

それがわかったとき、五竜は相談の上、この一月に一度の巫女たちの集まりを 取り決めた。

巫女たちは一月の間に行った世界への干渉を取りまとめ、結果、再生が必要な箇所を割り出して、黒竜の巫女である紫姫に 渡すことになったのだ。

それぞれの城を保つ力として組み込まれている巫女は、 本来ならば一度に動くことはできない。

一人、二人が動くのならば竜王や他の巫女が少しずつ負担を受け入れることによって相殺されるのだが、 全員がひとつところに集まるなど、考えられないことであった。

だが、それを可能にしたのもまた、 安定した力を得た黒竜のおかげであった。

自らの身体さえ滅ぼしかねない強大な力は、 制御さえできれば逆に有用に使うこともできる。

黒竜は自らの結界を、水鏡を通してこの五竜の住まう世界全体に張り巡らし、 月に一度、巫女たちの存在が移動しても、力の均衡が崩れないように計らったのであった。

それは、巫女たちを、務めの簡便性とは違う意味でも喜ばせた。

彼女たちは、湖に入り、竜王に嫁してから、 一度も一堂に会したことがなかったのだ。

勿論、同じ竜王に嫁した巫女同士は面識があるし、 個人的に付き合いのある巫女たちもいる。
だが、同じ血族である彼女らが、 共に語り合うことは今までなく、 それ故に、彼女らは新たに取り決められたこの集まりを、 竜王たちの予想以上に喜んだのであった。

今では、この集まりは、半分巫女たちのお茶会のようになっている。

今日も今日とて、一月ぶりの再会を祝い、彼女らは仕事を終えてお茶を楽しんでいるところであったのだ。

同じように巫女姫 糸姫の血族である彼女らは、 それでもやはり皆それぞれ異なる性格、異なる容姿をしている。
同じ巫女でも、最初の巫女である虹糸と、最後の巫女である紫姫の間には九百年の隔たりがある。
それ故に、同じように名で呼び合ってはいても、 微妙な力関係は存在していた。

勿論、仲が悪いと言うわけではない。
何しろ彼女らは世界でただ十人だけの、竜王の花嫁となった人間なのだ。
彼女らは女同士であると言う前に同志である。

だが、この部屋には、巫女は九人しかいなかった。

残りの一人の巫女の名を、糸宝と言う。
糸宝は、今、皆の前でぷりぷり怒っている少女、桜姫と同じく紅竜に嫁した巫女だ。
だが、彼女は、この集まりに出たことはない。

否、彼女は、出られないのだ。

彼女は、息をしているというだけで、 死んでいるのと同じことだったから。

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