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紅竜の巫女

〜九章〜



「明日、儀式を行うつもりだ」

紅竜の言葉に、桜姫は目を見開いたまま立ち尽くしていた。

彼の言葉が理解できない。

桜姫は、紅竜がどれだけ糸宝を愛しているか知っていた。
その彼が、彼女を解放するという。

それは、彼女の完全なる消滅を意味していた。

「糸宝を人の形に留めているのは、俺の力とお前の力だ。それを同時に引き揚げる。同時に蒼竜にも力を引き揚げてもらって、部屋に閉じ込められている俺の力を黒竜に制御してもらうつもりだ」

紅竜の静かな言葉に、桜姫は混乱したまま彼を見上げた。

糸宝が消える。
そんなことは、今まで桜姫が一度も考えたことのないことだった。

否、彼女がいなければと思ったことは、数え切れないほどある。
けれど、糸宝は既に、桜姫自身の中に棲みついた分身のようなものでもあった。

例え話すことが出来なくても、命の輝きのない、器だけの存在だとしても、彼女は桜姫の相棒であり、共に紅竜の妻となった存在だった。

「本当にそんなことをするつもりなの?」

問うた声は掠れている。
紅竜はそんな桜姫を見つめて頷いた。

「もう、彼女を解放してやりたいんだ。その身の中を、俺の炎に灼き続けられる苦しみから」

そして、お前を。



自分の自己満足で、紅竜は二人の巫女を苦しめ続けてきた。
彼女らが、受ける必要のない苦しみで。

それを、今こそ正そうと思った。

桜姫と糸宝が消えたとき、自分には絶対的な孤独が襲い掛かるだろう。
けれど、それこそが自分に課せられた罰だと、紅竜は思っていた。

竜王は、永遠に近い刻を生きる。
その永遠を、自分自身を苦しめることで紅竜は二人の巫女の苦しみを贖うつもりだった。

例えそんな事を、二人が望んでいなくても。



自分は、よくよく自己中心的だ。

紅竜は自嘲するようにそう思う。
けれど、今更決めたことを変える気はなかった。

桜姫は、自分と共にいない方が絶対に幸せになれる。

人間と結ばれれば、養子を取ることだってできるだろう。
それは、竜王である紅竜には決して与えてやれない家族という存在だった。



「頼む、桜姫」

その言葉には、ほんの少しだけ言霊が込められている。
桜姫は、それに気付くことなく、頷いた。

「ありがとう」

紅竜はそう告げ、そっと目の前のやわらかな身体を抱き寄せる。
この身体をこの腕に抱くのもこれで最後だと思うと、胸が締め付けられるようだった。

ふわりと彼女から立ち上った甘い香りは、紅竜自身の香の香りだ。

眩暈を誘うその香りに、紅竜はいつまでも彼女を抱き締めていた。

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