蒼竜の巫女

〜一章〜

それは、ある春の日のこと。
蒼竜の巫女、姫水は、ふと思い立ち黒竜の城に出かけた。

かの城には、紫姫がいる。
彼女は、唯一自分より年下の巫女。
そのせいか、気楽に話せるのだ。
最初は夫である蒼竜、流藍に頼まれて、
彼女の話し相手になったのだが、
今では自分から頻繁に遊びに行くようになっている。

特に、黒竜が力を解放してからは、
あの城での負担も少なくなり、
泊り込むこともしばしば。

そんな姉妹のような二人を、
黒竜は苦笑しながら眺めている。
もっとも、姫水は十五でこの世界に来たので、
紫姫と並ぶと、姫水のほうが妹のように見えるのだったが。

「いらっしゃいませ、姫水様。」

移転室から出ると、
黒竜に仕える水の眷属、櫂がすぐに出迎えた。
物静かな彼は、すぐに部屋の用意をして、出迎えてくれる。
蒼竜の城にいる同じ水の眷属、繻螺は、
櫂とは正反対の、
よく言えば快活、悪く言えば口煩いタイプなのだ。
蒼竜が何事も聞き流すタイプだから、
繻螺が蒼竜の城に遣わされたのかもしれない。
先日初めて出合った五竜の母親、巫女姫 糸姫は、
そういう配慮をしそうな人だったから。

「こちらでお待ちください。」

櫂に案内されたのは、
中庭に面した部屋だった。

紫姫が来てから、華が咲き乱れるようになったその庭は、
姫水にとっても心休まる場所だ。
広々としたその空間を眺めるその視界を、
ふと掠める黒い影。

それは、寄り添い合う黒竜と紫姫の姿。

紫姫が眠っていた五年の間、
黒竜が計り知れない深さで、
眠り続ける彼女に愛情を注いでいたことを、
姫水は知っている。
何も反応しない彼女を、
愛しげに見つめる黒竜は、
蒼竜や、ほかの竜王たちをも驚かせた。

総てを諦め、何にも執着しなかった黒竜の、
その変わり様に。

けれど、姫水は知っていた。

彼をそうならせたのは他ならぬ紫姫の存在。
彼女の存在が、彼を救ったのだ。

寄り添い合う二人は、
穏やかに微笑んでいて、
姫水は、思わずため息をついた。

「姫水様?」

突然立ち上がった姫水に、櫂が訝しげに声を掛ける。

「・・・やっぱり、今日はお暇するわ。」
「え?」
「用を思い出したの。紫姫と黒竜様によろしく伝えて頂戴ね。」
「・・・はい。」

何かを感じながらも、そう頷いた櫂に微笑み返し、
姫水は移転室に向かう。

用があるなんて、嘘。

ただ、見ていたくなかっただけ。
本当に幸せそうな竜王とその巫女の姿を。

紫姫が羨ましい。

彼女は本物の力ある巫女。
名実共に、最強の竜王、黒竜の妻だ。

蒼竜の屋敷の移転室から出ると、
すぐに使いが来た。

今夜も蒼竜様は姫水をお召しだと。

蒼竜には、姫水と、もう一人、巫女がいる。
けれど、もう一人の巫女、咲姫は滅多に部屋から出ては来ない。

蒼竜の寝所に召される数で言えば、
姫水は咲姫の数百倍の数の夜を過ごしている。

けれど、姫水にはその理由がわからない。

巫女の中で一番力の弱い姫水には、
蒼竜に与える力などほとんどない。
むしろ、姫水が、竜王の力を分け与えられているくらいなのだ。

「私は、何のために召されるの・・・?
私は力のない名ばかりの巫女なのに。」

小さな小さな呟きは、
がらんとした大きな部屋に溶けた。


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