蒼竜の巫女

〜二章〜

その日、
姫水が自室から出ると、
ふわりと懐かしい薫りが漂った。

この薫りは、咲姫のもの。

そう思うより先に、
久方ぶりに見る咲姫がこちらを見ていた。

彼女は、遥か遠い昔からこの城にいる巫女だ。

二十でこの城に、
蒼竜の元に嫁したという咲姫は、
滅多に自室から出てくることはない。

彼女は、百年に一度だけこうして、
蒼竜から召される。

普通、巫女というのは、
自らが嫁した竜王に召されるのを喜びとする。
それが、巫女の務めだから。

薬によって痛覚が鈍り、
快感だけを伴う竜王との契りは、
互いの力を交換するために、
身体だけではない、精神の至福を感じる究極の歓び。

それなのに、彼女は、何時見ても無表情だ。

凍りついたように動かぬ表情。

姫水は、彼女とほとんど話したことがなかった。
この城に初めて来て、
蒼竜に紹介された時くらいだ。

その時でさえ、
咲姫はそっけなく自己紹介をしただけだった。

彼女が蒼竜の寝室に向かうには、
姫水とすれ違わなければならない。

ふわりと、咲姫から香が薫る。
そのひんやりとした薫りに、
姫水は思わず咲姫の袖を掴んだ。

「どうして・・・!」
「・・・何か用か?」

突然掴まれた袖を振りほどこうともせずに、
咲姫は無表情で姫水を見つめた。

「どうして、貴女は百年に一度しか外に出られないんです?」

震える声で姫水は尋ねる。

「蒼竜様が必要としているのは貴女なのに・・・!」

血を吐くようなその言葉に、
咲姫が初めて表情を変える。

それは、ほんの僅かな変化で、
哀れみを含んだ小さくて苦い笑みだったけれど。

「・・・わからないのか。かわいい娘。」

するり、と冷え切った指が姫水の頬を撫でる。

「あの方の求めているもの。それを妾は決して与えられない。」

静かな言葉に、
姫水は目を見開く。

「・・・求めているもの?」
「自分で見つけることだ。かわいい娘。あの方の真実を。」

神託を受けたかのような咲姫に、
そう告げられる。

蒼竜の寝室に消えてゆく咲姫の後ろ姿を、
姫水はいつまでも見つめていた。


一章     三章



SEO [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送