蒼竜の巫女

〜三章〜

翌日、よく眠れぬまま黒竜の城を訪れた姫水は、
紫姫の自室で咲姫に言われた言葉について話していた。

部屋には珍しく黒竜も同席している。

力の制御ができるようになった今、
黒竜が傍にいても、
姫水の身体に負担がかかることはない。

むしろ、紫姫の力のお陰で、
他の竜王と共にいる時よりも身体が楽なのだ。

「・・・あの方の求めるもの・・・。」

姫水の言葉を反復するようにそう呟いた紫姫は、
ちらりと傍らの夫を見遣った。

恐らく、黒竜なら、その言葉の意味を知っているのだろう。

「私には咲姫様の言われることがわからないわ。」

俯いて、そう呟いた姫水に、
黒竜が小さくため息を付いた。

「・・・あやつの心の内を、私が言うわけにはゆかぬ。」
「・・・そうよね・・・。」

黒竜の言葉に、紫姫はため息をつく。

「だが、咲姫のことなら教えてやろう。」
「咲姫様の?」

はっと顔を上げた姫水に頷いて見せ、
黒竜は昔を思い出すように空を仰いだ。

硝子張りの天上から見えるのは、
揺らめく蒼色。

「咲姫が、湖に入った時は、私は勿論のこと、
白竜、そして蒼竜も妻を娶ってはいなかった。」

「確か咲姫様は四人目の巫女ですよね?
じゃあ、どうして・・・。」

姫水の言葉に、黒竜はふとため息を付いた。

「今でこそ、巫女は五竜のうちの誰かを選ぶことが出来る。
だが、それは、今、それぞれの竜王の力が拮抗しているからなのだ。
一番最初、初めて巫女が湖に入ったときには、
巫女には選ぶ権利はなかった。
その時、一番不安定だった末弟の緑竜の元に嫁したのだ。
その次の巫女もそうだった。
そして、その次の巫女は、当時力が暴走しかけていた紅竜の元に嫁した。
そして、その後にここに来たのが咲姫だった。」

ふと、言葉を切った黒竜は、
その当時のことを思い出して、僅かに瞳を翳らせた。

咲姫の不幸は、
確かに彼ら、五竜の責任だったから。

「彼女は、最後まで湖に入るのを嫌がっていた。
最後は無理矢理村のものに投げ込まれたのだ。
彼女には、村に将来を誓い合った青年がいてな。
けれど、あの頃、我らは巫女なしでは力の制御が出来なかった。
だから、彼女らの感情を犠牲にしたのだ。」

苦しげにそう言った黒竜の手を、
紫姫がそっと握る。

「咲姫の感情を凍らせたのは我らの罪。

だが、それを今更言ったところでどうにもならぬな。
ともかく、彼女は、その日から感情を消した。
否、本当は心の中は嵐が吹き荒れていたのかも知れぬ。
だが、それを我らに見せることは決してなかった。
ただ、愛する人のいる村を守るためだけに、
巫女としての義務を果たすと告げた。

そして、蒼竜はそれでいいと言った。

幸い彼女は力の強い巫女で、
蒼竜の力を補佐するためには、
百年に一度の契りだけでよい。

本来は、巫女は妻。
例え、力が必要なくとも、
夫となった竜王に召されればいつでもその元に行かねばならぬ。

だが、蒼竜はその義務から解放すると言ったのだ。

ただ、百年に一度だけ、
その力を貸してくれと。

それ以外の総ての時間は、
咲姫の好きなようにするがよいと。

だから、咲姫は、自室から滅多に出てこない。
百年に一度の契りと、
竜王の仕事の補佐以外の巫女の務めからは解放されているんだ。
それが、我らに出来る最大の罪滅ぼしだったから。
彼女は、巫女としての義務だけを果たすことと引き換えに、
それ以外の総てを、
もう死んでしまった愛する人への想い出だけで生きている。」

その言葉に、姫水は咲姫を想った。
あの氷のような瞳と、
冷たい手を。

そして、自分の意味を。

やはり、自分は意味のない巫女なのだ。
百年に一度、咲姫の力を借りなければならないということは、
自分の力では、蒼竜の補佐になってなどいないということ。
逆に言えば、自分さえ力のある巫女だったら、
咲姫の力を借りることもなく、
百年に一度の務めからも解放してあげられるということなのだ。

自分は何の役にもたっていない。

悔しくて、情けなくて、姫水は唇を噛み締める。
これほどまでに、自分の無力さを感じたことはなかった。


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