蒼竜の巫女

〜六章〜

「姫水様。蒼竜様がお召しです。」

その夜、いつものように迎えに来た繻螺を、
姫水はいつもよりずっと緊張した面持ちで出迎えた。

竜の鱗を剥がせるチャンスは夜しかない。
本性に戻りかけた時、
竜王にはほとんど痛覚がなくなるのを、
姫水は流藍に聞いて知っていた。

流藍に気づかれずに力を増したい姫水にとって、
竜の本性が露わになり、
しかも痛みを感じないこの夜のひとときが一番のチャンスだ。

黒竜に相談して、彼の鱗を貰うという方法を、
考えなかったと言えば嘘になる。

だが、姫水にも巫女としてのプライドがあった。

自分の強すぎる力を、黒竜がどれだけ厭っていたか知っている。
そして、その力のために、紫姫が瀕死の苦しみを経験したことも。

それを知っていながら、
力が欲しいなどという自分の望みは告げられなかった。

だから。

姫水はいつものように流藍に抱き寄せられながら、
そっと目を閉じる。

力が、欲しかった。
彼に、必要とされるくらいの力が。



「姫水・・・。」

ふわりと自分の頬を流藍の髪が掠めたのを感じて、
姫水は目を開けた。

目の前の流藍の首筋には、
薄く蒼色に発光する鱗が浮かび上がっていた。

今なら、剥がせる。

姫水は、流藍の喉元で光る鱗にそっと手を伸ばす。

だが、その鱗に触れた瞬間、
姫水は流藍に激しく突き飛ばされ、
寝台の下に転がり落ちた。

姫水が呆然として流藍を見つめていると、
彼は今まで見たこともないような激しい調子で姫水にむかって叫び、
彼女をきつく睨み付けた。

「私に触れるな!」
「・・・流藍様?」

呆然としつつも、姫水は蒼竜の力が爆発的に高まっているのを感じ取る。
鱗は先ほどよりも濃く浮かび上がり、
瞳孔が縦にきゅっと狭まる。

本性を、抑えきれていない。

「早く!この部屋から出なさい!」

長い年月の中でも、彼がこんな風に声を荒げるのは見たことがない。
姫水がその事実に動転したまま座り込んでいると、
寝室の扉が開いて、咲姫が走り込んできた。

どうやら、自室で異変を感じ取ったらしい。
何が起きても表情を変えず、自室を出ることもなかった彼女が、
慌てた様子で姫水を抱き起こす。

その手が、意外に暖かいことに、
姫水は場違いな驚きを覚えた。

「何があった?」
「わ、わかりません。突然・・・。」
「これは、力が暴走している。何か、しなかったか。」

流藍を見つめながらそう尋ねた咲姫に答えたのは、
姫水でも流藍でもなかった。

「逆鱗に、触れたな。」

背後からかけられた声に二人は、はっと振り返る。
そこには、黒竜と紫姫の姿があった。

「黒竜様。」
「久しいな咲姫。
こんなことで再会したくはなかったが。
城で蒼竜の気がおかしくなったのを感じたのでな。」

そう言って、黒竜は寝台の上で力を抑え込みながら苦しむ流藍に近づいた。
竜の本性が現れた彼は、苦しげに息をつきながら、
寝台をきつく握り締めている。

「逆鱗って・・・。」
「知らなかったのか。
竜の顎下にある、触れてはならぬ場所のことを。」

咲姫の言葉に、姫水は震えながら頷いた。

「聞いていません。」

その言葉に、小さく頷くと、黒竜は自らの力で流藍の身体を覆った。

「紫姫、咲姫、力を貸してくれ。」
「「はい。」」

二人の巫女が結界をつくりあげ、
黒竜が自らの癒しの力で流藍の力の暴走を鎮めはじめる。

その様子を、姫水はただ、呆然と見つめていた。

目に見えるほど高まった三人の気が、
流藍を包んでゆく。

その気が薄れた頃、やっと、黒竜が安堵の吐息を付いた。

彼が自らの張った結界を解き、
巫女たちも彼の傍から退くと、
本性からヒトの形に戻った流藍は、ぐったりと寝台に崩れ込んだ。

「流藍様!」

思わず知らせてはならぬ真名を呼ぶ姫水に、
咲姫は眉を顰めたが何も言わなかった。

この娘の気持ちくらい、
会わずともわかっている。

だが、流藍の元に駆け寄ろうとした姫水は、
黒竜によってとどめられた。

「近づくな。」
「でも、黒竜様。」
「今の蒼竜に触れればそなたの力では弾き飛ばされるぞ。」

静かなその言葉は、
しんとした部屋にぽつりと落ちた。


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