蒼竜の巫女

〜七章〜

「私たち竜王は、元々ヒトの姿はしていない。
そのことは知っているな?」

蒼竜の寝室の片隅で、
黒竜は震える姫水に、そう尋ねた。

傍らには紫姫と咲姫。
三人は今、混乱の極みにいる姫水を宥めにかかっていた。

「私たちはその本来の姿を自らの力で押さえ付けて、
ヒトのかたちを造っているのだ。
だからこそ、その力の制御が難しくなる夜は、
本性の姿に近くなる。
そして、その竜王の力と巫女の力の差によって、
反発が生じるのだ。」

その言葉に、姫水はのろのろと顔を上げた。

「反発・・・?」
「そうだ。
例えば、蒼竜と咲姫は反発が少ない。
それは、蒼竜が水脈を司るが故に攻撃の力を持たず、
咲姫が力の強い巫女だから、
うまく力の差が相殺されているということだ。
逆に、紫姫の力がいくら強くても、
私の力が竜王としては破格の強さだったために、
私たちの間には凄まじい反発が起こった。
それはそなたもよく知っていよう。」

その言葉に姫水も、咲姫も目を伏せた。
数年前に起きたあの事件を、
皆よく知っていた。

紫姫が命を賭けて黒竜の妻となったことも、
そのために死ぬよりも凄まじい苦痛を、
受け入れなければならなかったことも。

「同じように、巫女としての力の弱いそなたのために、
蒼竜はそなたに触れるときは己の力を自ら封じ込めていたのだ。」
「え?」

目を見開く姫水を僅かに痛ましげに見やりながら、
黒竜は寝台の上でまだぐったりとしている蒼竜を指した。

「今の蒼竜は自らの力を抑え込めはしない。
そのままの状態のあいつに近づけば、
そなたの力では弾かれてしまうのだ。」
「じゃあ、普段は・・・蒼竜様は自分の力を抑えて、
我慢して、私に触れていたと?」

震えるその声に、黒竜は無言の肯定で答えた。

「どうして・・・?
だって、それじゃあ、私は蒼竜様に力を与えられないばかりか、
逆に抑え込むための力を使わせて・・・。
そんなの!何の意味もないのにどうして?」

呆然としたまま悲痛な声でそう叫んだ姫水を、
紫姫がそっと抱き寄せる。

「・・・そなた、何も聞かされておらぬのか。」

ぽつりと呟かれた咲姫の言葉に、
ふ、と声を上げたのは、
姫水でも紫姫でも黒竜でもなく、
まだ荒い息をついている蒼竜、流藍だった。

その声にはっとして、皆が寝台の方を振り向く。
いまだ本性の消えぬ獣のような瞳のまま、
流藍は微笑んだ。

「蒼竜様・・・。」
「咲姫、世話をかけたな。」
「・・・貴方がきちんと姫水に話しておかぬからこういうことになるのだ。」

ふん、と肩をすくめて、咲姫は踵を返す。

「あと百年、煩わさずにいて欲しいもの。
姫水、そなたも息災でな。」

さらりと言い置いて、さっさと部屋を出て行く咲姫を、
引き止めもせず、流藍はただ無言で頷いた。

「ごめんなさい。私のせいで・・・。
咲姫様や・・・紫姫や黒竜様にまでご迷惑を・・・。」
「迷惑だなんて思っていないわ。
私も、黒竜様も。」

紫姫が微笑んで、床にへたり込んだままの姫水を立ち上がらせる。

「だが、咲姫の言ったことは正しい。
そなたは姫水に教えておくべきだったのではないか?」

黒竜の静かな言葉に、
流藍は頷いて苦笑した。

「そうですね。私が、浅慮だったのです。
姫水、こちらへ。」

流藍に手招かれ、一歩踏み出した姫水は、
それでも、そのまま動きを止めた。

「・・・だって、私に触れるためには力を抑えなければいけないって・・。」

その言葉で、姫水が力の反発について聞いたことを悟った流藍は、
それでもそのまま微笑んだ。

「大丈夫。そんなのはたいした力ではないよ。
いいからおいで、『姫水』。」

名前の力を使ったその呼びかけに、
姫水の足が勝手に進みだす。

その様子を見守って、紫姫と黒竜は顔を見合わせ小さく息をついた。
どうやら、もうお役御免のようだ。

「では、私たちは帰るとしよう。」
「そうね。また城にいらしてくださいね。」

二人の言葉に、流藍は微笑んで小さく頭を下げる。

「世話をかけました。黒竜、紫姫。このお礼はまたいずれ。」

ぱたんと扉が閉められ、
残されたのは流藍と、泣きそうに顔を歪めた姫水。

勝手に進んでゆく自分の足を見つめながら、
その瞳にいっぱいの涙の雫をためている。

ふわりと、伸ばされた流藍の指が姫水の頬に触れた。


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