蒼竜の巫女

〜八章〜

「どうかお教えくださいませ。
私は何のためにここにいるのです。
貴方の力を補うどころか、
傍にいるだけで力を使わせてしまうなど・・・。
巫女の資格がありません!
私が、私こそが咲姫様のように、
部屋に閉じこもっているべきなのではないのですか?」

涙を拭いもせずにそう言い募る姫水に、
流藍はちいさく笑みを浮かべた。

「何が可笑しいのです!
私は・・・、私には何も出来なかった。
触れてはならぬ場所のことなど欠片も知らず、
流藍様を鎮めることさえ・・・。
咲姫様や黒竜様、それに紫姫が来てくれなかったら・・・。」

言葉を詰まらせて彼の胸に顔を伏せた少女の髪を、
流藍はさらりと撫でた。

この湖に来た時から少しも変わらぬ幼い華奢な身体。

それでもその心はヒトより遥かに長い刻を生きてきた、
大人の女性のモノ。

もしかしたら、それを、
流藍は無意識のうちに見ないようにしてきたのかもしれない。
いつまでも少女のように扱って、
この腕の中で愛でているつもりで、
聞かせたくないことは何も聞かせずにきた。

咲姫が百年に一度しか部屋から出ない理由も、
姫水の力では巫女としての補助を望めないことも、
竜王の身体や精神についての詳しい説明も。

だが、そのせいで今回姫水を苦しめることになったのだ。

「すみません。
でも、私は貴女には笑っていて欲しかったのですよ。
いつでも、何の心配もせずに。」

そっと抱き締めたままそう囁くと、
腕の中の姫水が僅かに顔をあげた。

「貴女が初めてこの湖の底に来た時、
そのあまりの愛らしさに驚きました。
貴女ほど幼くしてこの場所に来た巫女はいない。
だから、その華奢さに、どうしようもなく切なくなりました。」

ぽつりぽつりと呟いて、
寝台の上で流藍はその乱れた蒼い髪をかき上げる。

「おかしいでしょう?
例え十五といえど、貴女は立派に巫女だった。
震えてはいたけれど、必死でその努めを果たそうとしていた。
それなのに何故か守ってあげたいと思ったんです。」

その言葉に、姫水は遠い昔、
巫女としてこの湖に身を投げた時のことを思い出す。

恐ろしくて、この世界のことが信じられなくて、
それでも村のためにできることをしようと思った日のことを。

「あの日、何故私を選んでくれたのです?」
「・・・一番優しそうに見えたからです。
流藍さまだけが微笑っていらっしゃったから・・・。
なんだか私安心して。
この方の巫女にならなれると思ったの。
・・・でも結局、何の役にも立っていなかったけれど。」

そう言って哀しげに目を伏せた姫水に、
流藍はくすりと笑みを漏らした。

「貴女は何もわかっていないんですね。」
「え?」
「咲姫の言うとおりですね。
私はちゃんと貴女に色々な話をしておくべきだった。
実を言うと、私はもう巫女を迎えるつもりはなかったんです。
私の力は癒しと守りの力。
元々が安定した力の属性ですから、
百年に一度の咲姫との契りだけで充分だったんですよ。
だから、巫女に指名されたとしても、
本当は拒否するつもりだったんです。
でもね。
貴女を見ていたら、何故だか放っておけなくて、
気が付いたら貴女をこの城に迎え入れていました。」

照れたように首をかしげて流藍は笑った。

「貴女を寝所に呼んだのは、
力が欲しかったからじゃない。
貴女自身が必要だったからです。
貴女の笑顔や、優しい心はいつも私を癒してくれた。
癒しの力を持つ私を、癒してくれたのは貴女だけです。
だから、大切だった。
嫌なことは何も知らせず何も見せたくないほどに。
でもそれは私の自分勝手な行動でした。
貴女は、立派な大人の女性で、
本当に愛しているならばすべてを共有すべきだったのに。」

そして、きつくきつく抱き締める。

「貴女を愛しています。
一人の女性として、貴女を。
咲姫のことについては、
いつか言わなければならぬとずっと思っていました。
それを、どうしても言えなかったのは、
彼女の苦しみの原因を貴女が知ってしまったら、
貴女も村に、ヒトの世界に帰りたくなってしまうのではと、
情けない危惧を抱いたからなんです。」
「流藍様・・・。」

「私の巫女は咲姫と姫水。
二人とも大切な巫女。
けれど、咲姫には、
命とその永遠に等しき時間総てをかけて愛しているヒトがいます。
彼はもう、この世界の何処にも存在してはいないけれど、
彼の住んでいた世界を守るためだけに、
彼女はこれからも私の巫女であり続けるでしょう。
私はそれを承知で彼女と契約を結び、
彼女に名を教えました。
それは、単純に、竜王と巫女との契約です。
心は互いに別の場所にあるけれど、
それでも構わないと私は思いました。
そして、私自身も、やがて貴女に出会い、
巫女としてではなく、
共に生きる伴侶として貴女を愛したんです。
咲姫が例え共にいられずとも、
今も彼を愛し、彼と共に過ごしているように。」

その言葉に、姫水の脳裏にあの美しい横顔が浮かんだ。
愛したヒトに、もう決して会えないというのはどんな心地なのだろう?

「私と咲姫はいわば同志のようなものです。
彼女は私の貴女に対する本当の想いを知っていて・・・。
だからこそ百年に一度の契りの夜しか私の寝所には近づきません。
それはこの城に巫女として住む貴女のことを考えてのことなのです。」
「・・・咲姫様が・・・。」
「彼女は自分の力を良く知っています。
貴女の力のことも、貴女の性格も。
元は同じ母上の血筋ですしね。
だからこそ、私の想いを察してくれていたんです。
咲姫と貴女が共に城にいれば、
当然力の強い咲姫を召すのが筋です。
竜王と巫女の契りはヒトのそれとは違い、
力の交歓のために行うものですから。
そしてそうなれば、巫女として力の弱い貴女を召すことは難しくなります。
だからこそ、彼女は自らの我侭で出てこないという姿勢を崩さないのです。
私が、貴女をいつも召せるように、
貴女の巫女としての役目を取り上げてしまわぬように、と。」

聞かされた事実に、姫水は愕然とする。
どうして自分だけが召されるのか不思議だった。
だが、この城で巫女として過ごす快適な生活も、
夜に自分だけがいつも召されることも、
総ては咲姫の考慮のうえに成り立っていたのだ。

永い時を共に巫女として生きながら、
彼女の過去や、百年に一度しか部屋から出ぬ理由を、
自分は知ろうともしなかった。

それがとても恥ずかしい。

そして、彼女がもう二度と愛するヒトに会えないというのに、
のうのうと流藍の腕の中にいる自分が、
なんだかとても情けなかった。

流藍に、本当の意味で愛されていたと知って嬉しい。
子供のように見ていただけではなくて、
力がないとしても、自分を認め、
癒されたと言ってもらえて嬉しい。

でも、やはり咲姫のことを考えると、
なんだか自分だけ幸せになどなれない気がした。


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